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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)95号 判決 1949年11月29日

被告人

吉田始

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年に処する。

但し本裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押收している縣税領收証八通(証第二号の一、三乃至五、七乃至十)中の変造部分はこれを沒收する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

鶴弁護人の控訴趣意第一点について。

業務橫領罪は、業務上自己の支配内にある他人の物を自己の物として不正に領得する意思を以つて領得することによつて成立するものであるから、業務橫領罪の判示にあたつては、その目的物が他人に属することを明確にしなければならないことは勿論所論のとおりであるが、その他人が何人であるかを明示しなくても、その物が自己の所有物に属しないで、他人の物に属するものであることが判文上明かであれば理由に不備があるということはできないのみならず、他人の物を不正に領得する回数の如きは併合罪としての判示としては格別、業務上橫領の一罪を認定する場合においては、必ずしも、その判示を必要とするものではない。そして原判決が証拠によつて認定した判示業務橫領の事実は所論摘録のとおりで、被告人が判示東鄕町の收入役として、判示の業務に從事中判示期間内に被告人が保管中の自己の物に属しない他人に属する公金即ち縣税、町税等の判示金額を不正に領得したことを判示しているのであるから業務橫領罪の判示として何等欠くるところはない。

(弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点)

原判決は理由を附せず又は理由にくひちがいがある。

原判決理由第一は自己保管中の公金を一定の場所で一定の期間に業務上橫領したものとしているがこれでは理由を成さない。

(一)  業務上橫領の犯罪の成立を認定すべき理由には先づ第一に被害者を表示しなければならないのに原判決にはそれが表示されていない。之は宛も窃盜の犯罪事実を認定するものに氏名不詳の被害者とも何とも表示しないで一定の動作を以て一定の場所で一定の期間内に衣類を窃取したものである」として被害品の分類を表示した丈の理由の如きと同断である。

(二)  公金と謂へば縣有財産たる金銭の場合もあれば町有財産たる金銭の場合もある。又二月十四日附被告人の供述書に由れば被告人は右二者の外中央中学校、同胞援護会、赤十字社東鄕分会の金銭も取扱つて居たものであつて、之を原判決では「一般町費の支拂等」の業務に從事して居たものと具体的でなく表示して居る。公金と謂えば右二者の外中央中学校、同胞援護会、赤十字社東鄕分会の爲の保管金も指して居るかも判らない(理由第二から見れば地租など國有財産の場合もあるかも判らない)然るに福岡縣東鄕町は各々独立した公法人であるし前示の中央中学校等もそれぞれ縣、町と異つた別個の法人である。そして其々の爲の保管金や支拂が全々別個のものとして取扱ふべきものであり取扱はれて居ることは参考人供述調書にも散見する処であり顯著な事実である。

從つて業務上橫領の犯罪を認定するには一定の被害者の被害を明にした事実を理由として表示せねばならないから縣なり町村なり其他の人なり被害者を確定してその被害者の被害がどの部分であるかを確定して表示しなければ理由にならない。然るに原判決は漫然「公金の内」と表示して理由として居る丈であるから被害の表示にもなつて居ないが費消した金銭のどれがどの業務について被告人が保管して居たものを橫領したのかも明でない。この点から見ても原判決は理由不備の違法がある。

以上の二点は原判決理由の第一の(一)(二)に共通する処である。

(三)  原判決理由の第一の(一)は「昭和二十三年四月中旬から同二十四年一月頃までの間に自己の業務上保管中の公金の内一、六一二、六五六円二四銭を福間町などで(中略)費消橫領し」たと事実を表示して居るがこれでは犯罪事実を確定して居ない。一回にしたものか何回にしたものか何時何程どこで橫領したものかの表示になつて居ない。犯罪事実を確定するには一定の時と場所と方法が確定されねばならないのにそれが多数回に渉つて居るからと云つて包括的に表示された丈では「一定の期間内に一定の金額を一定の地域で橫領した」との概括的な事実の表示に帰着し具体的な犯罪事実の表示にならないから理由にはなり得ないものである。

以上の三点については記録に由れば被告人の記憶が明確でなく且結論として被告人に異存のない処のやうに思はれるので漫然そうされたのであらうが一定の具体的犯罪事実に対して一定の刑罰を課することが刑事法の根本命題であり憲法の要求する処であるから原判決は右の三点に由つて理由を附せず又は理由不備の違法あることに帰するのである。

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